こいつらをどうにかしてくれ……。


「まぁ……綺麗な着物ですこと」
「だろ? たまにはこういう色も良いもんだよな」
 伊達政宗は機嫌良くそう言うと、早速とばかりに控えている喜多へと向く。
「喜多、着せてやってくれよ」
「では、殿方は外の方へ」
「All right」
 今朝、届いたばかりの着物に魅入っている愛を見ながら、政宗は素直に外に出た。
 喜んでくれると、やはり気分は良いものだ。贈り物に関しては糸目をつけないだけあって、愛はいつも嫌な顔一つしない。
 とは言っても、彼女はどんなものであってもそういう顔はしないだろう。そうとは知りつつも、政宗は特注品ばかりを愛に贈っている。
 その理由は二つ。一つはもちろん愛しい家内であるからだが、もう一つはやはり奥州の独眼竜の正室である以上は、それに相応しいものを贈るべきだからだ。
 ……要するに、自分の見得である。
「椿なら、あの髪でも良く映えるだろな」
 今回の贈り物は、珍しく朱色の着物であった。柄は椿である。
 政宗が良く贈る色は、花色が多い。綺麗な薄い藍色は、雪の色にも見えるせいか、愛も気に入っているようで、とても喜んでくれている。
 しかし、愛が元々好きだった色は赤である。彼女は雪の次に、椿が好きだからだ。
 特に雪椿は愛の母のために田村清顕がわざわざ西から三春まで取り寄せたほどだから、娘の愛も幼い頃から見てきたのだろう……それを聞いた十三歳の政宗は、愛のためにと田村から幾株か分けてもらうように、自ら頭を下げて行ったのである。
 あれから六年。政宗の部屋の近くの中庭には、椿が咲き乱れている。
「はぁ……今日はもう、執務どころじゃねぇなぁ」
 部屋から出てくる愛を想像しながら、政宗は一人笑う。

 ……そんな様子を陰からこっそり見ているのは、まだ十になったばかりの一人の少女であった。
「……成実様。笑ってるようですけれど?」
「あぁ。あれはな、男が良く浮かべる『下卑た笑顔』ってやつだよ」
「そうなのですか?」
「いや、覚えなくっていいけど」
 と、あきれながら言うのは伊達成実である。そっとその場から離れて、自分の嫁になる予定の登勢に聞く。
「なぁ。お前も何か、欲しいもんあるか?」
「え? そ、そんなの……」
 うろたえる登勢。成実は腕を組む。
「俺、そういうの良く分かんなくてよ……やっぱり、着物とかがいいか?」
「な、なんでも良いです……成実様が、贈ってくださるものですから」
「そ、そうか……」
 成実は思わず顔を赤くする。が、すぐに呻く。
「うえっ」
「何だよその顔は。らしくない事すんなって」
 前方から来るのは、成実の伯父、留守政景である。
 通称、『玉竜』。その武勇は広く伝わり、伊達家には無くてはならない猛将だ。
 しかし家内では、温厚だが実は傍若無人の兄、伊達輝宗に代わって甥をある程度正しい方向へと導いた、政宗の後見人である……それでも、成実にとっては怖い伯父なのだ。
 長身で体格も良い彼は、怒るととんでもなく怖い。養子先の留守家を二年で纏め上げた実績もある彼の顔は、実に厳しいものである。その怖さはあの片倉小十郎に匹敵するのだ。
 そんな成実の母が、この彼の妹である。彼に似ず、口下手な妹を兄として大切に扱ってきたらしいが、甥の成実には容赦せず、何かあれば政宗の横に座らせて叱りまくる。父である伊達実元も彼のように怒鳴る事まではしないので、自分が叱らなければならないと思っているようだ。余計なお世話である。
 この彼の所業を唯一慰められるのが、他ならぬ兄の伊達輝宗であった。色々な意味で亡くすに惜しい伯父だった。きっと、政宗もそう思っているだろう。
「い、いや……別に」
 目を合わせたら最後だ。成実は目を逸らすも、登勢が首をかしげる。
「成実様?」
「……重宗ん所の登勢姫か」
 そんな彼女に、政景が目をやる。登勢は慌てて言った。
「政景様っ……え、えっと……」
「そう戸惑うな……俺も困る」
 政景は頭をかきながらつぶやく。
「別に、こんな所で二人でいる事をとやかく言うつもりはねぇよ。他に、言うべき奴らがいるからな」
「……梵兄とか?」
 恐る恐るつぶやく成実に、政景は盛大に溜息をつく。
「梵天の奴……また高価なもん買いやがって。兄貴だってほどほどにするように、あの御前に言ったくれぇなんによ」
「それとこれとは、状況が違うって……梵兄が買いたがってんだよ」
 成実もつられるように溜息。
「愛姉がそういうのを強請るの、見た事も聞いた事もねぇって」
「だとしても、無駄遣いは許せませんな」
 と、話に入ってきたのは片倉小十郎である。二人揃えばもう降参だ。成実は手に汗すら掻いてしまう。
「しかも執務まで滞って……政景様。これは本格的に検討する必要がございますな」
「だな」
「何を?」
 どうやら自分が怒られる事は無いようだ。成実が首を傾げると、小十郎はきっぱりと言った。
「無論、政宗様の無駄遣いを止めさせる事です。そのためには……」


「奥方様に説得をしてもらう? 出来たら苦労はしないぞ……」
 主抜きの会議は、最初から難航する。
「あの方に頼みなど、片倉殿……そなたはした事あるのか?」
「……」
 小十郎は黙り込む。そういう事を試みた事はあるが、成功したかどうかは微妙な所である。
 そもそも、愛は政宗の言う事を逆らうくらいだ。幽閉後の彼女は、重臣達をちゃんと見た事あるのだろうか……それすらも微妙だ。
 いや……と、小十郎は思い出す。
「あの『撫で切り』で、逆に政宗様のために我々を説得したのだ。我々の直訴も、あるいは……」
「で、それを誰がするんすか」
 重臣に混じって、政宗の馬廻り達が手を挙げて言う。若い彼らが伊達家の議(はかりごと)に参加するのも、今となっては珍しくない光景だ。
老いた重臣を納得させる事は大変だったが、これまで様々な事を経験した伊達家である。戦で活躍する荒くれ者達に一目置くようになってからは、家臣として取り立てる重臣らも出てきたほどだ。
「……それが、一番の難題か。ったく……」
 とはいえ、そんな彼らでも未だに竦む者こそ、敬うべき筆頭の家内である……小十郎は呻くようにつぶやく。
 自分がやった所で、愛は聞き入れてはくれるだろうが、政宗には通じまい。
 他の者もそうだろう。彼が独裁をしている自覚が無い分、余計に屁理屈を並べて却下するはずだ。
「愛姫様も納得し、政宗様がその名を聞いて、すぐにでも従おうと思う御仁……政景様、やはり貴方がやるべきです」
「俺が?」
 しかし、政景はせせ笑う。
「頼むくれぇなら、自分で叱れって言うだろうぜ。あの姫ならな」
「政景様、今はそういう屁理屈を言ってる場合では……」
「だったら、適任を一人、推薦してやる」
 と、成実を見やる。
「実元の叔父貴なら、あの姫どころか梵天も素直に聞きいれるはずだぜ?」
「えー……あの父上を説得しろって?」
 成実は即座に却下する。
「だったら伯父さんがやってよ。俺、嫌だよ。つーか無理」
「お前なぁ。息子が出来なきゃ、甥が出来る訳ねぇだろ」
 政景は溜息混じりに言う。
 伊達実元とは紛れもなく成実の父親であり、他の者にとっては伊達家の長老でもある。彼は息子に家督を譲った後は、有事の相談役として大森城に篭り、妻と第二の人生を楽しんでいるのだ。
 それは、あの騒動が起こってもだ。彼なりのけじめだろう。それゆえに、こんな事では腰を上げる訳がない。
「ったく……とりあえず、当たって砕けてみるか?」
「しかし、一度失敗したら後が続かないですぞ……」
「あら。何のお話をしていらっしゃるのかしら?」
 と、正にその時だ。
 全員が硬直する。パタンと、襖を開けるのは間違いなく愛であった。
 その姿は朱の地に咲き乱れる白椿の刺繍が見事な小袖……一体どれほどの時間と金と手間暇がかかったのかはさておいて、皆はそれを魅入ってしまう。
 いつもは上で結っている愛の銀髪も、今回ばかりは下の方で結っている。その分、絵巻物の姫君のようであった。
「き、綺麗です……」
 思わずそう言ったのは登勢である。その言葉に愛はにっこりと微笑んだ。
「ありがとう、登勢」
 まるで登勢を妹のように接する愛に、頬を赤らめてうつむいてしまう。そこで小十郎は我に返った。
「ご、ごほっ……そ、そのお召し物、一体どこで……」
「いつもの所で注文したそうですわ。詳細は殿にお聞きくださいまし」
「……愛姫様」
 澄まして言う愛に、小十郎は正座したまま頭を深く下げる。
 そろそろ、小十郎の堪忍袋も限界であったからだ。
「どうか、そのままお聞きくだされ……我々は」
「聞くのはそちらの方でしてよ」
 しかし、愛はやはり澄ました顔のまま、小十郎の言葉を遮る。
「実元様がお見えになりましたわ。何でも、近くで用があったから、立ち寄ったそうですけれど」
「さ、実元様が!?」
 一同は引きつるも、しかし誰もが期待の目を輝かせていた。


「大叔父上に叔母上……相変わらず、仲がよろしいようで」
 政宗はとりあえず、二人を笑顔で迎えた。
 客間に通されたのは夫婦である。少々細身の大叔父、伊達実元と、これまた華奢な叔母、お晴だ。
 この二人の間に生まれた成実が、あのような体つきなのは頷ける話だ。長身で堂々とした体格の政宗に比べても、大叔父は小さく見える。
 が、その眼光は底知れぬ輝きを帯びる。
「正月ではお前に言い忘れていたが、昨年の暮れは大変だったそうだな……成実から聞いている」
「あぁ、叔母上にも挨拶しないとって、戻ったんだよなアイツ……登勢姫はどうでしたか?」
 政宗の顔が少々引きつる。そんなお見合いのせいで生死をさ迷うまで追い詰められた事は、お披露目の席でどうせ察しているはずだ。一度は父と共に大森城に帰り、そして戻ってきた成実によれば、それほど怒ってはいないようだった。
 実元がどのような人物なのかは、政宗も実は良く分からない。
 ただ言えるのは、あの父も少しは言う事を聞いていたほどだから、その目が少し怖い。
「亘理の姫だ。重宗はともかく、ある程度は素養もあるようだから申し分はない。ただ、『撫で斬り』の効果を甲斐にまで期待するな」
「承知しましたよ、大叔父上」
 この大叔父相手に話を逸らすなんて出来っこないか。と政宗は頭を下げながら思う。
 あの『撫で斬り』は、奥州の豪族達に絶大なる影響を与えたのは確かだ。しかし、遠国まで届くとは政宗も思わない。
 甘いのは、自分だったな……と、外交戦だけで奥州全土に影響を及ぼした父の偉大さを改めて思い知りながら、実元の言葉を聞き続ける。
「お前はまだ、子もいない……側室の数を増やせ、とまでは言わないが、せめて己の身を大事にしろ。片倉達もお前のためを思って口うるさく言うだ。奴らにとやかく言うのは、もう少し年を重ねてからだ。良いな?」
「はい……」
 正論だからこそ返事するしかない政宗だったが、隣のお晴が実元に囁く。
「実元様……少し、言い過ぎでは……」
「このくらいが良いのだ。輝宗も、昔は生意気で詭弁ばかり弄する子だった……兄上がどうしようも無いからだ」
 この家は兄がしっかりしないようだ。政景の愚痴を聞きながら育った政宗は、溜息を漏らしてしまう。
 ……いや、俺もそういえば兄だったか。
「だからこそ、奴にはあのような方法で国を守れと教えたのだ。政宗、お前がやっている事は間違いではない。それを家臣達に説得するような内政を、今は努めるべきだ。決して、無理に押し通してはならんぞ」
「承知しました」
 政宗は深く頷く。それからと、実元は付け加える。
「少し前にも、最上と豊臣の厄介事に首を突っ込んだそうだな……褒める事ではないが、叱る事でもない。ただ、その代償は覚悟しておけ」
「……それは、あの時に済ませました」
 少し前の『事件』の話にも及んだので、政宗は深く頷く。ほとんど独断でやってしまった事だが、それを皆が認めてくれたのだ。
 だから、それは自分一人で背負うべきである……決意を秘めた目で大叔父を見据えると、彼もその意を汲んでくれたようだ。満足そうに頷いてくれた。
「ならば良い。その勢いで、これからも伊達の惣領として、堂々と外交しろ。決して、怖気づくな」
「はい」
 実元の言葉に、政宗は納得するように頷く。
 やはりこの方は父を導いただけの事はあると、素直に感動してしまっていた時だ。喜多が襖を開ける。
「広間に、皆が集まっておいでですが、いかがしますか?」
「おぉ。丁度いいじゃねぇか……大叔父上、顔くらい見せればみんな喜ぶぜ」
「うむ……それくらいは悪くないな」
 内政に口を出すつもりはないが会うくらいならと、実元は腰を上げる。政宗もようやく肩の力を抜けると、意気揚々と案内した。


「叔父貴。久しぶりです……晴も元気そうだな」
 広間に着いた実元に、政景が代表して声をかける。共に来たお晴は久しぶりの兄に微笑んだ。
「兄様もご無事で何よりですわ」
「ご無事って、お前な……」
「兄様がそのような豪胆なお方ですから、成実も政宗様もあのように……」
 はぁ、と溜息つく晴に、息子が抗議する。
「母上! 別に俺は伯父さんを目標にしてた訳じゃねぇよ!」
「何だその言い方は……おい、ちょっと来いよこのヤロウ。シメるぞ」
 喧嘩腰になる二人に構わず、上座に上がる政宗の隣に、待っていた愛が寄り添う。
 それに実元が好奇の目を向ける。
「愛姫……少し、装いが違うようだが?」
「えぇ。今朝届いたばかりのものですのよ。殿もたまにはこういうものをと、お選びになったそうで」
 そして思わせ振りに政宗を一瞥する。政宗は明らかに引きつっていた。
 それを見ていた小十郎はえらい事になったと顔をしかめるも、ふと気づいた。
 もしかしたら、愛は自分達の相談を聞いていたのではないか? と。
 実元が来たのは明らかに偶然だろうが、これ見よがしに見せつけ、政宗が買ったものだと誇張するのは、よく小十郎自身や政景に対してする事である。
 やはりこの方も、国を思う気持ちは持っているのだ……少しだけ愛を見直した小十郎は、実元の反応を見る。
 実元は予想通り、険しい顔をしていた。
「……政宗」
 と、政宗に厳しい目を送る。政宗は引きつりながらも応じた。
「い、いかがしましたか?」
 誰もが黙り込む中、実元は雰囲気などまるで考えないかのように、言い放った。
「その着物、どこで注文しているのだ?晴にも作ってやりたいのだが」
 ……あれ?
 皆の目が点になる。政宗も思わぬ発言に答えてやれなかった。
「まぁ実元様……そこまでしなくても」
「って、おいっ!!」
 ぽっと、顔を赤らめるお晴。しかし小十郎は烈火の如く、顔を真っ赤にして憤る。
「実元様! ここは叱る所ですぞ!」
 つい本音が出てしまった小十郎に助太刀するように、政景も立ち上がる。
「叔父貴! とうとうボケちまったんかよ!」
「何を言うのだ政景。そこまで金に気にするのなら、『頭』を挿げ替えれば良い話だ。そうしないからこそ、お前達は了承しているのかと思ったのだがな」
 実元はやはり、淡々と言う。
「派手で何が悪い。昔の政宗では考えられなかった事だ。輝宗の息子にしては不安だったが、今では荒くれ共も従う器量の持ち主だ。そのようにしてくれた奥方を着飾る事くらい、許しても良かろうに」
 だから、度が過ぎるから気がかりなんですよ。
 と、目で訴える重臣達だが、実元は気にせず政宗へと向く。
「ただ、やり過ぎも良くはない。やるのなら、こっそりとやるものだぞ」
「……あぁそうか。兄貴にそう教えたのは叔父貴だったんだな!」
 とうとう臨界点を突破したらしい政景が、大陸生まれの柳葉刀(りゅうようとう)を片手に実元へと詰め寄る。
 だが、それでも実元は動じない。
「こいつが色々頑張ってるのは分かってる! けどな、浪費も頑張ってちゃ意味ねぇんだよ!」
「ふむ。それも道理だ」
「ふむ、じゃねぇだろ!」
「では政景。これでどうだ?」
 実元は人差し指を立てて言う。
「お前が管理すれば良いのだ」
「金勘定は苦手なんだよ。それに、それは綱元がやってるんだ」
「綱元がか? ならば余計に問題はあるまい。綱元は良直譲りの忠義心を持っている。さすがに、国を傾けるほどまで、財布の紐は緩めまい」
「そんな根拠がどこにあるんだよ」
「少なくともお前よりは働いている」
「俺だってやってるぞ!」
 ギャーギャー言う政景から顔を背け、まだ何か言いたそうな小十郎に言ってやる。
「片倉。お前も少しは肩の力を抜け。お前が思っている以上に、政宗は良くやっているのだ。心配なのは分からなくもないが、いざという時に頼りにならないと困るのは政宗だ」
 そして、肩を叩いてやる。
「お前だけでは無い。もう少し、誰かに頼る事を覚えろ。ここぞという時にお前が中心に立つのは、誰もが認めているのだからな」
「は……」
 何か、仕組まれているようにも感じられるのだが、小十郎は素直に頷く事にする。
 では、と実元は立つ。
「そろそろお暇させてもらおう……成実」
「は、はい!」
 かくかくと頷く成実に、実元は厳格な父親面を作ってみせる。
「お前も政宗を見習え。良き夫婦はまず、嫁を煽てるのが良いぞ」
「お、煽てるって……」
「こちらは任したぞ」
 そう言って、実元はお晴の手を引く。それだけを見ると、まだまだ新婚のような夫婦である。
「何が良き夫婦かしらね……」
「だよな。自分達の方がそうなんにさ」
 くすくすと笑いあう政宗達。しかし重臣達の鋭い目が瞬時に向く。
「政宗様……平にお願い申し上げます。ほどほどになさいませ」
 小十郎は青筋を立てながらも、平伏する。
 それに習うように重臣達が平伏し始める。政宗は頭をかきながら呻く。
「All right! ほどほどにしてるつもりなんだけどな……気をつける」
「本当にそう思ってますの? 十万両ってお聞きしましたけど」
「十万両だとっ!」
 小十郎が愛の言葉を聞きつけて、バッと顔を上げる。
「うっ……」
 さすがの政宗も引きつるような、鬼の顔であった。


 外にまで聞こえる怒声に、お晴はくすくすと笑う。
「始まりましたわね」
「遠藤も困った奴を選んだものだ。もう少し、冷静さを備えてもらいたいのだが」
「いいえ。昔よりは大人しくなったものです。実元様」
 城門まで二人を見送るのは、鬼庭綱元であった。
「わざわざお越しいただき、感謝します」
「そう言うな。少し、米沢の様子を見たかった事もある。暮れの奇襲……武田も見事な判断をしたものだ」
「以後、気を引き締めたく思います」
「義弟がそうだから、私に注意して欲しいと言った本人が何を言う」
 実元は苦笑しながら言う。綱元も、つられて微苦笑。
「今回の着物は、度が過ぎてしまいましたから……気づくのが遅れた私の責任でもあるのですが、義弟なら政宗様をただ怒鳴りつけるかと、思いまして」
「どのみち、愛姫がそう誘ったようだが……あの姫も、やはり手をつけられないと見える。ある意味では大物には違いないだろうな。我らが伊達の頭は」
「ゆえに、そう簡単には挿げ替える事など出来ないのですよ」
「なるほど」
 未だに続く怒声の響き。どうやら重臣が揃って激怒しているらしい。
「賑やかなものだ」
 そんな様子を実元はそう評する。
「家臣が一丸となって主を支える……これこそ家の真のあり方だ。それを大事にしていけば、伊達はますます繁栄するだろう。綱元、お前も陰ながら支えるだけではならないぞ」
「では、あれに参加せよと?」
「それこそ、真の忠臣だ」
 実元は満足そうに頷く。それを聞いた綱元は真剣な顔で頭を下げてから、駆け出す。
 そんな彼の背を見守るように、実元は微笑する。
 その目に映るは、椿に負けじ劣らずとばかりに咲き誇る桜の木。
「凍てついていた伊達にも、ようやく春が来たな」
「そのようですわね」
 お晴も嬉しそうにつぶやく。
 実元はそんな愛妻を用意させた馬に乗せ、自分も乗る。
「次に来る時は是非、子も見たいものだな……政宗」
 仰ぐように米沢城を見てから、実元はひっそりと去った。


 しかし実元ですら、今後待ち受ける伊達の試練を予想はしていない。
 春は訪れても、また冬が来る……それを知りつつも。



 <了>



▼後書
 浪費について会議しよう、というコンセプトでしたが、見事に撃沈。次回に期待。(え)
 しかもギャグっぽくしようとしたけど、やっぱり駄目です。
 うーむ・・・。

 ※追記:四月四日に加筆修正。

 2007/04/03

 ※2009/12/16…サイトリニューアルにより、加筆修正。

2014/07/29:
 サイトリニューアルにより改修
 政宗の困った短所シリーズ第一弾でした。思いつきで始まった割には何とかまとまった気がしなくもないですが、今から見たらやっぱり気のせいでした。
 そして親戚集合回となりましたが……七年前かぁ。この頃はきっと親戚どころか愛さんの外戚まで出てくるとは思わんかっただろうなぁ。(苦笑)
 新設定版でも、出てくる人は恐らくいるはず。とりあえず旧設定版でやってる長編で活躍予定かな?

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